東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)252号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本件発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
三1(一) 引用例記載の技術内容について
成立に争いのない甲第三号証によれば、引用例記載のものは、引用例冒頭の発明の要約にあるとおり、「ベアリングに作用する半径方向スラストを最小にし、所定の有効引張力に対し、ベルトの内部応力を最小にし、しかも装置にかかる経費を最小にした、最も効果的な駆動力を得る方法で動力を配分する配分機構を備えた動力伝達機構を介して動力が供給される一対のプーリーに巻き掛けられたベルトあるいはロープに摩擦係合によつて動力を伝達するもの」(第一頁第三行ないし第一四行)であつて、引用例には、その実施例として、<1>直列に配列された二つのプーリー6・7に動力伝達用無端ベルト5又はロープをS字状に巻き付け、<2>該ベルト5又はロープが最初に当接する一方のプーリー6の回転軸8に設けた二つの平歯車14・12のうちの一方14は固定し、他方12は回転自在に軸挿し、<3>これら二つの平歯車14・12の前者及び後者に対して、一つの入力軸に遊嵌された大傘歯車18の延長部分(差動歯車装置の一方の出力軸に相当する)に固着されこれと一体のピニオン16及び同じ入力軸に遊嵌された小傘歯車17の延長部分(差動歯車装置の他方の出力軸に相当する)に固着されこれと一体のピニオン15を噛合せしめ、<4>前記の回転自在な平歯車12と、前記二つのプーリー6・7のうちの他方のプーリー7の回転軸に固定した平歯車13とを噛合せしめ、<5>前記の一方のプーリー6に供給される動力を前記の他方のプーリー7に供給される動力より大ならしめ、<6>差動歯車装置自体の機構上の特徴により該ベルト5(又はロープ)とプーリー6・7とを断続的スリツプを生じさせることなしに駆動する動力伝達装置が記載されていることが認められる。
原告は、引用例に示されたベルト5又はロープは動力伝達用無端ベルトであつて、同一個所で繰り返し回動するものであるから、審決が前記審決の理由の要点2の認定(1)、(2)においてこれを単に「ベルト又はロープ」と認定したのは誤りである旨主張する。
引用例記載のベルト5が動力伝達用無端ベルト又はロープであることは前記<1>認定のとおりである。前記審決の理由の要点によれば、審決は引用例記載の技術内容を認定するに当たり、認定(1)、(2)においてはこれを単に「ベルト又はロープ」と認定しているが、続いて、認定(5)、(6)において、「(5) 前記の一方のプーリーに供給される動力を前記の他方のプーリーに供給される動力より大ならしめ、(6) 差動歯車装置自体の機構上の特徴により、ベルト又はロープとプーリーとをスリツプさせずに駆動する動力伝達装置」と認定していることからすれば、前記認定(1)、(2)の「ベルト又はロープ」が動力伝達用のベルト又はロープを表す趣旨であることは明らかであり、しかも、動力伝達用のベルト又はロープが通常無端であることは技術常識であるから、右「ベルト又はロープ」とは動力伝達用無端ベルト又はロープを意味するものと理解できる。原告の前記主張は、審決の認定の趣旨を正解しないでその誤りをいうものであつて、採用できない。
また、原告は、審決の認定(3)に従えば、ピニオン(15・16)は、「差動歯車装置の二つの出力軸にそれぞれ遊嵌されて」いるのであるから、差動歯車の二つの出力軸の回転を伝達することは不可能であり、したがつて、「二つの平歯車の前者及び後者」(14・12)に対して、それぞれ「大傘歯車と一体のピニオン及び小傘歯車と一体のピニオン」を噛み合せても、差動歯車装置の出力を「二つの平歯車の前者及び後者」(14・12)に伝達することができないことは自明であり、審決は、引用例記載の動力伝達経路を誤認している旨主張している。
前記審決の理由の要点によれば、審決は認定(3)において、「これらの二つの平歯車の前者及び後者に対して、それぞれ、差動歯車装置の二つの出力軸にそれぞれ遊嵌された、大傘歯車と一体のピニオン及び小傘歯車と一体のピニオンを噛合せしめるとともに、」と認定したものである。しかるに、前掲甲第三号証によれば、引用例記載のものの伝動経路は、駆動軸19の回転が、(ア)これに固定されスタツド23を有するキヤリア21、(イ)スタツド23に遊嵌されている二つの傘歯車22・22、(ウ)傘歯車22・22と噛合する大傘歯車18及び小傘歯車17、(エ)入力軸19上に遊嵌されて差動歯車装置の二つの出力軸を構成する大傘歯車18及び小傘歯車17の延長部分、(オ)該延長部分にそれぞれ固着されたピニオン16・15の五部材を介して、ピニオン16・15とそれぞれ噛合する平歯車14・12に伝達され、平歯車14によつてプーリー6が、また、平歯車12によつて平歯車13を介してプーリー7が回転する構成になつていることが認められ、右差動歯車装置の構成・作用からみて、引用例記載のものにおける二つの出力軸の一方の出力軸は、大傘歯車18と一体で駆動軸19上に遊嵌されている部分(大傘歯車18の延長部分)がこれに該当し、他方の出力軸は、小傘歯車17と一体で同じく駆動軸19上に遊嵌している部分(小傘歯車17の延長部分)がこれに該当し、ピニオン16・15はそれぞれ右各延長部分に固着されて出力軸の回転を平歯車14・12に伝動するものであることが明らかであるから、審決の認定(3)のようにピニオン16・15が「二つの出力軸にそれぞれ遊嵌された」のでは、伝動できないことになる。しかしながら、審決は引用例記載の技術内容を前記(5)、(6)のとおり認定し、差動歯車装置の出力軸の回転をピニオン16・15を介して平歯車14・12に伝達することを前提に引用例記載のものの構成を把握していることが明らかであるので、審決のいう「遊嵌された」は「固着された」の単なる誤記というべきであり、そうであれば、審決には引用例記載のものの動力伝達経路の誤認はなく、また、審理不尽ないし理由不備の違法もないというべきである(ただし、前掲甲第三号証によれば、引用例記載のものの構成のうち審決の認定(3)に係る部分をより正確にとらえると、当裁判所の前記<3>のとおりの認定となるのであり、審決の認定(3)はその誤記を訂正してもなお表現において不十分といわざるを得ないが、もとより原告主張のような瑕疵あるものということはできない。)。
さらに、原告は、審決は認定(6)において「ベルト又はロープとプーリーとをスリツプさせずに駆動する動力伝達装置」と認定しているが、引用例記載のものは、およそベルト5又はロープとプーリー6・7をスリツプさせずに駆動するというものではなく、連続的な小さな滑りを生じることを許容しつつ、断続的なスリツプを防止するものであつて、審決はこの点を看過している旨主張する。
審決が、引用例記載のものを原告主張のように認定したことは前述のとおりであり、成立に争いのない甲第八号証の一ないし三(高田三郎著「機械要素の機構学」理工図書株式会社昭和三七年四月五日初版発行、昭和四六年五月一日改訂第一版発行)によれば、「巻掛け伝動はベルトとベルト車間の摩擦によるものであるから、どうしてもすべりが起り勝ちである(すなわち被動車の回転が計算による回転数に達しない。)。(中略)ベルトの速度は駆動車リムの周速度より小さい。これに対し、被動車リムの周速度はベルトの運動速度より小さい。被動車はこれによつて回転が遅れることとなる。この現象をクリープという。」ことが認められる。そして、前掲甲第三号証によれば、引用例には、「配分機構は、動力が供給されるこれらのピニオン間に介在され、それによつてベルトが最初に通過する一方のプーリーが他方のプーリーより、より大きな比率の駆動力を受けるように一対のプーリーへの動力が配分されて異なる牽引力が一対のプーリーに与えられる。」(第一頁第五三行ないし第六一行)、「一対のプーリーへの動力の配分は傘歯車17と18のギヤ比に比例し、予め装置の特別の条件に応じて決定できる。一つの満足できる配分は<省略>の比である。運転中、プーリー上をベルトが連続的にクリープし、もし断続的にスリツプしそうになつても、差動歯車機構の差動作用によつてスリツプは自動的に防止がなされる。」(同頁第八〇行ないし第九〇行)と記載されていることが認められるから、引用例記載のものにおいては、プーリー6・7上でのベルト5のクリープは当然に生じるが、断続的なスリツプはその差動歯車機構の特性により自動的に防止できるものであることが明らかであつて、審決が認定(6)において「スリツプさせずに」としたのは、この「断続的なスリツプを生じさせずに」の意味であることは引用例の記載事項から容易に理解できるところである。一方、本件発明においても、クリープによる滑りを防ぐことができないことは、後記(二)において判示するとおりであつて、クリープによる滑りは引用例記載のもののみに生じる現象ではないので、このことによつて本件発明の技術的思想との間に差異を生じないから、審決が引用例記載の技術内容を認定(6)のように認定したからといつて、引用例の技術内容を誤認したものということはできない。
(二) 本件発明と引用例記載のものとの技術的思想の差異について
(1) 成立に争いのない甲第二号証によれば、本件発明の技術的課題(目的)、構成、及び作用効果は、次のとおりであることが認められる。
本件発明は、一台の原動機で駆動する入側ブライドルロール群又は出側ブライドルロール群内の二個のロールに対する駆動力配分機構に関するものであつて(本件発明の特許出願公告公報第一欄第二五行ないし第三〇行)、従来の機構では、ロール1・2は電動機4に歯車5・6を介して連結されている(別紙図面(一)第3図及び第4図参照)ため、回転数は完全に一致するが、右二個のロールの径に多少の製作誤差があることを免れないから、その周速に差を生じ、処理材料はどちらかのロールでスリツプし、このスリツプは一般には連続的に起こらず断続的に生じるので、処理材料に与えられる張力は脈動し、かつ、このスリツプのため処理材料に傷を生じ、ロールの寿命が減殺される欠陥があつた(同欄第三一行ないし第二欄第六行)との知見に基づき、右のような問題点を除去することを技術的課題とするものである。
本件発明は、この技術的課題を解決するため、一台の駆動モータに連動して駆動される差動歯車機構を設け、該差動歯車機構に設けられた二つの出力軸にそれぞれ歯車機構を介してブライドルロールを連動させ、この二つの出力軸に連動する歯車機構の減速比をそれぞれ変えることによりブライドルロールに任意の割合で動力を配分させ、ロール外径の製作誤差の有無にかかわらずスリツプなしに処理材料に所望の張力を付与することをその要旨とするものである(同欄第一一行ないし第二〇行)。そして、同公報の発明の詳細な説明中に記載された実施例には、二個のロールに周速差が付与される過程について、一台の駆動モータ7により駆動軸8、平歯車9・10を介して歯車箱11を回転させ、該歯車箱11の回転は太陽歯車12・12´、遊星歯車13・13´から成る差動歯車装置を介して二つの出力軸(太陽歯車軸)14・14´を回転し、一方の出力軸14の回転は傘歯車15・16、軸17、平歯車18・19を介してブライドルロール1を回転し(以下この伝動経路を「第一出力系統」という。)、他方の出力軸14´の回転は、傘歯車15´・16´、軸17´平歯車18´・19´を介してブライドルロール2を回転する(以下この伝動経路を「第二出力系統」という。)こと(同欄第二三行ないし第三欄第七行)が記載されている。処理材料をこの装置の二つのブライドルロール1・2に巻き掛けて移送するとき、ブライドルロール1・2の径、平歯車19・19´の歯数及び平歯車18・18´の歯数がそれぞれ同じであるとすれば、傘歯車16対15、16´対15´の歯数比、すなわち減速比によつて出力軸14と14´の回転数が変わる理であり、平歯車18・19と18´・19´の減速比を同じとする条件の下に成立する、発明の詳細な説明中に記載された式(1)<省略>(式中、Nは歯車箱11の回転数、N1は傘歯車15の、N2は傘歯車15´の回転数)(同欄第七行ないし第一五行)で示されるこの形式の差動歯車機構の特性から、出力軸14・14´の回転数の比は前記減速比によつておのずから定まることになる。また、ブライドルロール1及び2の径を同一とする条件の下にブライドルロール1及び2に伝達する動力の比を示す式として、発明の詳細な説明中に記載された式<省略>(式中T1は前記N1の、T2は前記N2の各トルク、Xは傘歯車16´と15´の歯車比1:Xにおける後項を表す)(同欄第二五行ないし第三〇行)に示されるように、ブライドルロール1及び2に伝達する動力比は、出力軸14の回転数が出力軸14´の回転数より大となればなるほどこれに比例して大となるので前記傘歯車15・16、15´・16´の歯数を変更することにより動力比を任意に変えることができるものであり、発明の詳細な説明には、このことを踏まえて、それぞれのブライドルロール1及び2によつて処理材料に与え得る張力は、傘歯車15´・16´の歯車比を選ぶことによつて決定することができ、ブライドルロール1及び2に対する動力の配分は確実に行われること(同欄第三二行ないし第三五行)、換言すれば、右二つのブライドルロール1・2へ配分された動力差によつて二つのブライドルロール間に所定の周速差がつくようにすることができ、この周速差によつて処理材料に所定の張力が付与され、処理材料はその張力が維持されながら移送されることが示されている。
そして、本件発明は、前記の構成を採択したことにより、ブライドルロールの外径誤差の有無に拘らず、常に二つ以上のブライドルロールに任意所望の一定の周速差を与えて、処理材料を所定の張力下においてスリツプすることなく確実かつ円滑に移送することができるから、処理材料の表面に傷が生ぜず、ロール寿命を長くすることができるという作用効果を奏するものである(同第四欄第一五行ないし第二一行)。
以上の認定事実によれば、本件発明が解決しようとする技術的課題は、処理材料とブライドルロールとの間にスリツプを生じさせることなく処理材料に所望の張力を付与することであり、本件発明の技術的思想もここにあるものと認められる。そして前記実施例に従えば、本件発明において、ブライドルロール1の周速がブライドルロール2の周速より大のとき、すなわち処理材料に与える張力が大のときは処理材料は徐々に伸びながら、逆に右張力が小のときは処理材料は徐々に縮みながら、いずれもブライドルロール1上を移送され、このように処理材料が伸びたり縮んだりするとき、処理材料はブライドルロール1上で前述したクリープと称される連続的微小滑りを生じることになるが、このクリープは処理材料が金属のような張力により弾性変形するものであるかぎり避けられないこと及びこのクリープの程度は処理材料の材質、厚み、ブライドルロールの周速等により異なることは技術常識であり(本件発明においても、処理材料に弾性変形が伴う以上クリープが生じることは原告も認めるところである。)、さらに、二つのブライドルロール1・2の径の差異等の事由で処理材料が単にクリープを生じるにとどまらず、ブライドルロール上で断続的なスリツプを生じるおそれがあるが、本件発明においては、このような断続的スリツプが生じそうになると、差動歯車機構の特性であるバランシング作用(差動作用・平衡作用)により両ロールの回転比が変化し、未然に右断続的スリツプの発生を防止することができるものと認められる。そして、処理材料の表面に傷が生じないという前記作用効果は断続的スリツプを防止することによつて奏することができることも、以上の認定事実から明らかである。
原告は、本件発明は、ロール外径の製作誤差のない場合を含めて、処理材料の弾性伸びによるスリツプをも防止しようとするものである旨主張するが、右主張にいう弾性伸びによるスリツプは処理材料の弾性変形に伴うクリープを指称するものと解されるところ、該クリープが不可避であることは、さきに認定したとおりであるから、原告の右主張は採用できない。
また、原告は、本件発明においてはクリープの発生の値がけた違いに小さく、クリープによる滑りを事実上無視し得る程度の微小値まで低下させるものである旨主張するが、右主張の点は前記認定の本件発明の技術的課題から離れ、かつ、前掲甲第二号証(本件発明の前記公報)にもそのような作用効果の記載が存することを見いだすことはできないから、右主張も採用できない。
(2) 他方において、前掲甲第三号証によれば、引用例には、冒頭に「本発明は、新規かつ改良された動力伝達機構を提供することを目的とする」(第一頁第一行ないし第三行)と記載され、続いて、前記(一)の始めに掲げたとおり発明の要約が記載されており、実施例に示された構成は前記(一)認定のとおりであつて、第一頁第五三行ないし第六一行及び同頁第八〇行ないし第九〇行には前記(一)において摘示したとおり記載されていることが認められるから、引用例記載のものは、無端ベルトを用いた動力伝達装置において、所定の伝達動力に対してベルトの張力を最小にすることを技術的課題とするとともに、プーリー6・7間に一定の比率で動力を配分しつつ、差動歯車機構のバランシング作用により断続的スリツプの発生を防止することをも技術的課題とするものであつて、そこに引用例記載のものの技術的思想があるというべきである。そして、前記(一)認定の実施例に示された駆動軸19によつて作動され傘歯車22・22、大傘歯車18小傘歯車17から成る差動歯車機構は、本件発明の前記(1)認定の実施例に示された駆動軸8によつて作動される遊星歯車13・13´、太陽歯車12・12´から成る差動歯車機構に対応し、大傘歯車18と一体の出力軸に固着されたピニオン16からプーリー6へ伝達される出力系統は本件発明の前記第一出力系統に、また、小傘歯車17と一体の出力軸に固着されたピニオン15からプーリー7へ伝達される出力系統は本件発明の第二出力系統に対応するものと認められるから、引用例記載のものにおいてプーリー6・7が同径であつて、かつ、大傘歯車18小傘歯車17の歯数差により減速比が異なり、第一出力系統の方が第二出力系統より、より大きな動力が配分される場合には、周速はプーリー6の方が大となり、ベルトの張力も大となること、及びプーリー6上でベルトのクリープは当然に生じるが、断続的なスリツプは差動歯車機構の特性により自動的に防止でき、所期の目的を達成できることが明らかである。
(3) そこで、前記(1)、(2)の認定事実に基づいて、本件発明と引用例記載のものの技術的思想を対比すると、両者は、長尺体の搬送時に該長尺体とその巻掛伝動部材間の断続的スリツプを防止する点で技術的思想を共通にするというべきである。
原告は、本件発明における「処理材料」とは「延伸処理されるべき長尺の薄板金属材料」であり、「張力」とは「処理材料に延伸加工を施すに足る張力」であり、そこに引用例記載のものとの差異をみるべきである旨主張する。
しかしながら、前記本件発明の要旨には、単に「処理材料」、「張力」とあるのみであり、前掲甲第二号証(本件発明の前記公報)に記載された発明の詳細な説明及び別紙図面(一)の記載にも、これを原告主張のものに限定して解釈すべき根拠を見いだすことはできない。なるほど、前掲甲第二号証によれば、右公報の第一頁上の欄外には、「Int. C1, B21d」、「日本分類 12C311、12C321」と記載されていることが認められ、前者の記載は、国際特許分類によれば本件発明が同分類におけるB21D「本質的には材料の除去が行われない金属板、金属管、金属棒または金属プロフイルの加工または工程;押抜き」に属すことを示すこと、後者の記載は、特許庁の「発明および実用新案の分類」によれば、本件発明が同分類における「第一二類金属加工 C金属の成形 三一一金属板のひずみ直し、平滑化、三二一ひずみ直し、平滑化」に属することを示すことが明らかであるが、前者は特許文献の国際的に統一した分類を得るための手段であり、後者は特許庁で発明を整理し検索するための便宜上定められた区分にすぎず、この記載があるからといつて直ちに本件発明における「処理材料」及び「張力」が原告主張のものに限定されると解すべき根拠にはならない。また、成立に争いのない甲第一四号証(昭和五四年審判第三八五六号審決書)によれば、右審決は、原告が請求人としてなした本件特許の訂正審判の請求に対するものであるが、その理由説示中において、本件発明における処理材料が薄板金属材料であり、張力がこの薄板金属材料の延伸加工に足る張力であることまでも認めているものでないことはその記載内容から明らかである。したがつて、原告の前記主張は採用できない。
また、原告は、引用例に示されたベルト5は、同一箇所で繰り返し回動するにすぎない動力伝達用の無端ベルトであつて、移送されるべき長尺体ではなく、プーリー6・7は、ベルト5に張力を付加するものではなく、逆に所定の伝達動力を保ちながら、ベルト5にかかる張力を最小にすることを目的とするものである旨主張する。
しかしながら、動力伝達用ベルトが長尺体であること、及び同一箇所で繰り返し回動するものではあつても、移送されるものであることはいずれも自明であるから、動力伝達用ベルトを移送されるべき長尺体と認定することに何らの妨げもなく、また、引用例記載のものは前記認定の構成からみて、所要の動力伝達が達成できる範囲でできるだけ張力を小さくしてベルトの内部応力の発生を小さく押さえようとするものであるが、もともと所要の張力がなければベルトを移送できないことも技術常識であるから、引用例記載のものも張力を必要とすることは明らかであつて、原告の右主張は理由がない。
さらに、原告は、引用例記載のものは、ベルト5とプーリー6・7間のスリツプ防止を目的としてなされた発明でなく、通常、伝動用無端ベルトにおいて好ましいとされている一~二%の滑りと同程度の滑りは積極的に許容するものであり、プーリー径の製作誤差に起因する微小滑りの防止は全く考慮に入れていない旨主張する。
しかしながら、引用例記載のものは、プーリー6・7の間に一定の比率で動力を配分しつつ、差動歯車機構のバランシング作用により断続的スリツプの発生を防止することをも技術的課題とすることは、前記認定のとおりであり、これと異なる見方に立つ原告の主張は当を得ない。また、引用例記載のものとクリープとの関係についてみると、なるほど、長尺体搬送の際に生じるクリープの程度はその材質・厚み等によつて異なり、材質・厚み等のいかんによつては比較的大きなクリープを生じることは技術常識であるが、前掲甲第三号証によれば、引用例には、ベルトの材質、厚み等には限定がないことが認められるから、引用例記載のものにおけるクリープの大小を論じることは格別意味がなく(なお、本件発明と引用例記載のものの対比判断においては、当業者が本件発明の出願当時の技術水準に基づいて理解するところを判断の対象とすべきであり、引用例刊行当時においては、ベルトは皮革・ゴム等を用いるものであつて、金属製ベルトは開発されていなかつたとしても、引用例記載のもののベルト5を皮革・ゴム等を用いたものと限定して解釈すべき根拠はない。)、一方本件発明においても処理材料に限定がなく、この処理材料が弾性変形するものである以上クリープの発生を避けることができないことは前述のとおりであり、この点に本件発明と引用例記載のものの技術的思想に差異があるとすることはできない。
したがつて、本件発明は、長尺体が搬送時に該長尺体とその巻掛伝動部材間のスリツプを防止する点で引用例に記載されている技術的思想と一致するとした審決の判断は、このスリツプが断続的スリツプを意味することを明示しなかつた点において正確さを欠くとしても、誤りはないというべきである。
(三) 審決は、本件発明と引用例記載のものとは技術的思想において共通するとした上、「両当事者間においてその言及するところがほぼ一致しているように、ブライドルロールとプーリーとが、また、処理材料とベルトあるいはロープとが、それぞれそれら自体としては相違するものであり、さらに、差動歯車装置を媒体とする減速比の付与過程が相違しているにしても、それをもつて直ちに本件発明と引用例記載のものとの均等性を否定することができない。」と説示している。審決の右説示における「均等性を否定することができない」とした意味は必ずしも明確ではないが、右説示は、当該相違点は本件発明と引用例記載のものとが「目的、作用及び効果すべてについて相違すること、したがつて、本件発明と引用例記載のものとの両者間には均等性がない」ことを示しているとする被請求人(原告)の主張に対する判断としてなされたものであり、右説示に続き、「そこで、本件発明の引用例記載のものに対する進歩性の存否について更に検討すると(後略)」として相違点を挙げて判断していることに照らすと、審決の趣旨とするところは、当該相違点は、いわゆる形式上、見かけ上の相違点にすぎず、両者の技術的思想等からみて、その点に実質的な差異がないとしたものと解するのが相当である。以下に、右の趣旨の審決の判断の当否について検討する。もつとも、審決が進歩性の存否についての検討において挙げた相違点は、前記の差動歯車装置を媒体とする減速比の付与過程の具体的構成が両者において相違することを示しているにほかならない(原告も、審決は、この点で両者を同一とはいい得ないため、さらに進歩性について判断していると主張している。)から、この点は後記2の「相違点の判断の誤りについて」の項において検討する。
(1) プーリーとブライドルロール
引用例記載のものにおけるプーリー6・7と本件発明のブライドルロールとは、長尺体を巻き掛けてスリツプを防止しつつ所要の張力を与えるものである点でその技術的思想を共通にしていること、前記(二)認定のとおりである。
そして、引用例記載のものは動力伝達装置の駆動プーリーであり、本件発明はブライドルロール、すなわち張力付加ロールである点では相違するが、動力伝達装置の駆動プーリーが本件発明の出願前周知であり、また、ブライドルロールによつて張力を付与して処理材料を搬送することも本件発明の出願前周知であることは当事者間に争いがないから、本件発明において処理材料をブライドルロールにより搬送することは、単なる慣用手段の置換にすぎないというべきであつて、両者の間に実質的な差異がない(均等性を否定できない)とした審決の判断に誤りはない。
(2) ベルトと処理材料
引用例記載のもののベルト5は、長尺体であり、同一箇所で繰り返し回動するものではあつても移送されるものであること、一方、本件発明の要旨には単に処理材料とあるのみであつて、これを原告主張のように延伸処理されるべき長尺の薄板金属材料と限定することができないこと、したがつて、両者は移送されるべき長尺体である点でその技術的思想を共通にしていること、前記(二)認定のとおりである。
そして、引用例記載のもののベルトは装置の一部(部材)であるのに対して、本件発明の処理材料が装置で処理されるべき材料である点で相違するが、移送されるべき長尺体である点においては、両者はその構成及び技術的意義を異にするものではなく、したがつて、両者の間に実質的な差異がない(均等性を否定できない)とした審決の判断に誤りはない。
以上の点について、原告は、審決にいう「均等」は、「実質的に同一」を意味するものと解されるが、そのためには引用例記載のプーリー6・7と本件発明のブライドルロール、引用例記載の無端ベルト5と本件発明の処理材料とが、いずれも同一の作用効果を奏し、それぞれ置換可能であり(置換可能性)、かつ、その置換が本件発明の出願当時の技術水準において当業者が当然に想到し得る程度のもの(置換自明性)でなければならないところ、両者の間には置換可能性がないから置換自明性について論ずるまでもなく、均等ではあり得ない旨主張する。
しかしながら、審決のいう「均等性を否定することができない」とは、本件発明と引用例記載のものとの対比判断において、両者の相違点はいわゆる形式上、見かけ上の相違点であつて実質的な差異がないとした趣旨であると解すべきこと前述のとおりであつて、発明の技術的範囲の解釈についてのいわゆる均等論における置換可能性、置換自明性の議論とは関係がないから、原告の主張はその前提において誤つており、採用することができない。
2 相違点の判断の誤りについて
成立に争いのない乙第一号証によれば、周知例1は、「連続ストリツプ引伸平準化工程」と題する技術論文であるが、そのFigure 1(第一一〇頁、別紙図面(三)(1)参照)には、処理材料であるストリツプを入口側ブライドルロール群6と出口側ブライドルロール群7に掛け回わし、二つのブライドルロール6・7の回転速度を異ならせることにより、ストリツプは張力差が付与されて引き伸ばされるように移送され、このブライドルロール群間の移送中にストリツプを連続的に引き伸ばし平準化する装置が開示され、この装置について「No.6及び7はそれぞれ入口側及び出口側引伸ブライドルロール組である。各スタンドの上部三つのロールはレデユーサー(減速装置)及びピニオン・スタンドを介して駆動されるが、前述したようにこれらレデユーサーへの入力は差動ギヤボツクスを介して互に結合されている。」(同頁右欄第三一行ないし第一一一頁左欄第三行)と記載されていることが認められるから、この装置における速度差は差動歯車装置及びレデユーサーを用いて付与されるものであることが明らかである。
また、成立に争いのない乙第二号証によれば、周知例2は、鈴木弘「逆張引抜機械設計の要点(1)」と題する技術論文であつて、処理材料である線条を多数のドラムに巻き回わし、ダイスで引き抜きながら移送する装置について説明されているが、その第2図(第三八頁、別紙図面(三)(2)参照)には、一台のモーターによつて差動歯車機構G2、その二つの出力軸S3・S4、これらと接続する二つの減速歯車機構(符号なし)を介してそれぞれドラムC1・C2を回動する装置が開示され、この装置について、「ドラムC1ないしC4の直径に適当な差をつけるか、あるいは、伝達機構の減速比を適当に異る値に選んでおけば、各ドラムが線にあたえる正味の力を、希望する比率に調整することが可能となる。」(同頁右欄第二行ないし第五行)と記載されていることが認められるから、この装置は、差動歯車機構、減速歯車機構の経路をもつて各ドラムの周速、したがつて線条に与える張力を適宜変更できるものであり、各ドラムは本件発明におけるブライドルロールに相当することが明らかである。
また、成立に争いのない乙第三号証によれば、周知例3には、周知例2に記載されたものと同様の構成が記載されており、その第1・65図(第四八頁、別紙図面(三)(3)参照)には、差動歯車装置からドラムへの動力伝達経路に速度比を連続的に変えることのできる変速装置を介在させたものが開示されていることが認められる。
周知例1ないし3の前記図面及び記載事項によれば、一つの駆動源によつて駆動される二つのブライドルロール間に必要に応じ所望の減速比を付与するため減速比の異なる歯車機構を差動歯車機構の歯車箱外に設ける構成形式は本件発明の出願前周知というべきである。
ところで、本件発明と引用例記載のものとは、前記1認定の事実から明らかなように、本件発明が差動歯車機構の二つの出力軸に減速比の異なる歯車機構を接続して減速比の異なる二つの出力系統を構成したのに対し、引用例記載のものは差動歯車機構の内部に、その出力軸に異なる減速比を付与されるような減速機構を設けた点、すなわち二つの出力系統に、本件発明は差動歯車機構の外側(歯車箱外)で、引用例記載のものは差動歯車機構の内側(歯車箱内)で減速比が与えられる点で異なるものであつて、本件発明は右の構成を採用したことにより、引用例記載のものに比べ減速比を変更し易く(前掲甲第三号証によれば、引用例記載のものの大傘歯車18、小傘歯車17の歯車比は一定であつて、減速比を変更するにはケーシング24を外して右歯車を交換しなければならないことが認められる。)、処理材料の性状に応じて減速歯車比を適切な値に取捨選択できるという作用効果を奏するものと認められる。
しかしながら、本件発明の前記歯車機構の構成形式は周知例1ないし3の記載事項から明らかなように、本件発明の出願前周知であるだけでなく、成立に争いのない乙第八号証によれば、日本機械学会編「機械工学便覧 改訂第四版」(社団法人日本機械学会昭和三七年六月二五日発行)には、「6・2歯車仕掛け」の「6・2・4差動歯車装置」の項には、二つの出力系統に、減速比を与えようとする場合本件発明のように歯車箱外で減速比を与えなければならないもの(第一五九図)と引用例記載のもののように差動歯車箱内で減速比を与えることができるもの(第一六〇図)とが併記されていることが認められるから、引用例記載のものにおける二つの出力系統に減速比を与える歯車構成に代えて本件発明のような歯車構成にすることは、単なる周知手段の採択事項にすぎず、本件発明の奏する前記作用効果も右周知手段を採択することにより当然奏し得る作用効果であつて、本件発明に特有のものとすることはできない。
原告は、周知例1ないし3に記載のものは、いずれも塑性変形加工時の伸び率制御の目的でこれらに記載された構成を採用したものであつて、本件発明のように、個々のブライドルロール内のスリツプ防止の目的で差動歯車機構を用いたものではなく、また、いずれも必要により所望の減速比を付与するため、差動歯車機構の二つの出力軸に可変減速比の歯車構成を選定するようにしたことが当業者の常套手段であることを示すものではあり得ない旨主張する。
しかしながら、引用例記載のものは、長尺体の搬送時に該長尺体とその巻掛伝動部材間の断続的スリツプを防止する点で本件発明と技術的思想を共通にすることは前記1(二)認定のとおりであるから、周知例1ないし3にそのような技術的思想が開示されていないとしても、周知例1ないし3記載のものの構成が前記認定のとおりであり、これに前掲乙第八号証によつて認められる前記技術事項を参酌すれば、歯車構成を本件発明のようにすることは単なる周知手段の採択にすぎないこと前述のとおりであるから、引用例記載の歯車構成を周知例1ないし3により周知の手段に代えて本件発明のような構成のものとすることは当業者にとつて容易になし得ることというべきである。それゆえ、本件発明のような歯車構成を必要により選定することは当業者の常套手段にすぎないものとした審決の判断に誤りはない。
3 以上のとおりであるから、本件発明は当業者であれば引用例に記載された技術内容に基づいて容易に具体化できるものと認めるほかないとした審決の判断は正当であつて、審決には原告の主張する違法の点は存しない。
三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとする。
〔編註その一〕 本件発明の要旨は左のとおりである。
一台の駆動モータに連動して駆動される差動歯車機構を設け、この差動歯車機構に設けられた二つの出力軸にそれぞれ減速比の異なる歯車機構を介してブライドルロール間に所定の周速差が付与される如く連動し、該ブライドルロール間の前記周速差によつて処理材料に所望の張力を与えて移送することを特徴とする一台の原動機で駆動するブライドルロールの駆動力配分機構。
(別紙図面(一)参照)
〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。
別紙図面(一)
<省略>
別紙図面(二)
<省略>
<省略>
別紙図面(三)
<省略>
<省略>